2011年11月 ピアノ 帰郷
仕事部屋とコンビニにしか行ってない(笑)
え?寝るの?
・・・
そのまま仕事部屋のソファーでバタンキューですわ。
(o_△_)…zzZZ
そんな中、作業の待ち時間に少しずつ書き進めたBlogです。
過去を振り返る蜻蛉日記!
今日は宮城県七ヶ浜町に、あの被災ピアノが初めて戻ったときのお話です。
***************************************************************
※お願い※
今回のブログには、一部に東日本大震災の被災地の写真があります。
ご覧になりたくない方、また震災の写真を見ると気分が悪くなってしまう方が、
まだまだ沢山いらっしゃると思います。
我が儘で大変申し訳ありませんが、そういった方はページを読み進めないよう、
何卒よろしくお願い致します。
***************************************************************
2011年11月20日、
七ヶ浜にある生涯学習センターに着きました。
今日はここの多目的ホールにピアノを運び込んでのメティちゃんのLiveです。
トラックに乗って被災Pianoが凱旋帰郷!
横浜からの長旅、ご苦労様でした<(_ _;)>
そして!遂に七ヶ浜の大地に足を降ろしました!!!
やっと七ヶ浜町に帰っていましたヾ(@⌒ー⌒@)ノ
ってか、足はこっちでした…Σ( ̄□ ̄;)
キズが痛々しい・・・ペダルもはずれてマス!(◎_◎;)
さてこのピアノを2階の多目的ホールに運びます!
大の男が3人掛かりですヽ(´o`;
ま、ま、まさかの階段です.。ooO(゜ペ/)/
しかも途中で180度回転ターンを決めなければなりません。
無事ターン成功であと少し!!!重さ300㎏以上を3人で上げます!これはまぢスゲー(◎_◎;)
さすがにこの後、動かなくなり、カメラを置いてP-助助けに参上しました!(助助ではない(笑))
被災ピアノ、会場に到着!組み立てに入ります。
これがとても面白い!まず2本の足をつけて、斜めにしてから起こして、最後の1本を2人が持ち上げている間に一人が必死に取り付けます。
そして、ハンマーアクション部を取り付けます!
いつもお世話になっているクラビアハウスの松木さんです\(^^@)
ステージにはメティちゃんが書いた絵が飾られました!
しかし相変わらず絵が上手いでやんすΣd(゚∀゚d)ォゥィェ!!!
さて、本番まで時間のあったP-助は、到着前にちらりと見た七ヶ浜の様子が気になり、旅に出ました。
まず目に飛び込んできたのは、あり得ない程うずたかく積まれた瓦礫の山.。ooO(゜ペ/)/
到着直前、丘の上を走る道路から見えたのは、まさしくこの・・・
・・・なぜか車だけがそのまま・・・
ちょっと距離がありましたが頑張って歩いて降りてみることにしました。
絶句・・・
2011年11月の時点で未だに撤去作業しか
進んでいません・・・
こんな足下・・・
産まれてから今まで、見た事がありません。
集められた瓦礫。
これは何がどうなっているのでしょうか。
生活の一部が見えると本当に胸が締め付けられます・・・
・・・。
あの木々の向こうは海です。
あの日、七ヶ浜に何が・・・
たぶん震災前からあった道路に埋め込まれた標識。
海抜5mの表記が心を揺さぶります・・・
そして、会場に戻ると、メティちゃんが取材のため被災ピアノが発見された場所に行くというので同行させていただきました。
この場所にあのピアノが佇んでいました。
何度も載せましたが、発見された時の写真・・・
確かにこの場所です。この写真を見ると未だに震えます。
今日のライブのポスターを、被災ピアノの持ち主、鈴木さんがピアノがあったご自宅の場所に貼っておいてくれました(((o(*゚▽゚*)o)))
が、あまりの強風でとれちゃってました(笑)
当時の大変さがうかがえるスプレーで書いた井戸の文字・・・
津波が押し寄せたラインがこんなにもはっきり・・・
井戸の脇から海を見ます。
こんなにも・・・
すぐ側の、恐らくお風呂場だった場所。
根こそぎ無くなっています。
そこにころがっていた子供用のフォーク・・・
さすがに耐えきれませんでした。
さらに少し離れた場所に、
何やら不思議なものが・・・
中には・・・
ニャンコが.。ooO(゜ペ/)/
記憶は定かではありませんが、この場所で行方不明になったワンちゃんの為に飼い主が餌を置いておいたところ、どこから来たのかネコちゃんが住み着いたそうです。
優しいご近所のみなさん・・・
想像を絶する七ヶ浜の様子に驚きました。
そして、ここで原形をとどめて佇んでいたピアノに、あらためて凄い!と感銘。
さて、急ぎ会場に戻ると間もなく本番です。
遂に七ヶ浜に還ってきた、このピアノを弾きます。
折れたファの鍵盤・・・
精一杯頑張りました。
終わった後、クラビアハウスの松木さんが飛んできて、『良かったよ~』と仰ってくれました。
このピアノの救世主に、そう言っていただいて本当に嬉しかったです。
終了後、ピアノの所に佇んでいると、七里ヶ浜の子供達が、
『ピアノ弾いても良い?』と集まってきてくれました。
「もちろん!!!」
みんな楽しそうにピアノを弾きます!
メッチャ嬉しい!!!(((o(*゚▽゚*)o)))
とある子が、P-助の側でもじもじしています・・・
「どうしたの?」と声をかけると・・・
『私はピアノが弾けないんだけど、この子にピアノを弾かせてもいい?』
・・・瞬間、言葉が出なかったP-助・・・
どーぞどーぞ\(o゜▽゜)/
なんて可愛いんだろう!!!
涙が止まらなくなった・・・
無事終了して・・・
忘れられない素敵な一日になりました。
生涯学習センターにいらっしゃった受付の方にいろいろとお話を聞きました。
『今日あなたが見たことは現実です。包み隠さず沢山の人に知って頂きたいのです。』
・・・
本当に大変遅くなりました<(_ _;)>
七ヶ浜の皆さん!
また会える日を本当に楽しみにしています。
そして被災ピアノ、最後の調整のため再び横浜へと帰っていきました。
その壮絶な修復の様子が、クラビアハウス様のHPに載っています。
P-助が被災ピアノに初めて会ったときの動画も載せていただいております。
よろしければこちらも是非ご覧下さい<(_ _;)>
東日本大震災ピアノの修理例その2 宮城県七ヶ浜町
拙い想い出話に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました<(_ _;)>